NHKの『アナザーストーリーズ』という、真木よう子が案内役の番組を見た。正確にいえば帰省したら母が録画を見せてきた。
その回は山口百恵がテーマだった。母は山口百恵のファンである。
山口百恵は1972年に歌手デビューし、1980年に歌手から退いた。1980年10月5日に引退ライブがあった。その35年後ということでテーマとして取り上げられたのであろう。

そこで気づいたことがあった。それは、椎名林檎、特に東京事変の時期の彼女との符合がいくつかあるということだ。
まずは、曲名。山口百恵には「禁じられた遊び」、「絶体絶命」という曲がある。東京事変にも同名の曲がある。東京事変では、前者はアルバム『大発見』に、後者はアルバム『スポーツ』に所収だ。以前「リンゴスター」という拙稿でも記したが、「禁じられた遊び」はフランス映画の題名が始まりだ。また、絶体絶命は四字熟語であり、ラッドウィンプスのアルバム名にもある。いずれも一般的な言葉であるから、同名の曲などがあっても不思議ではない。

しかし、それに加えて、活動期間にも共通点があった。山口百恵は先に述べたように72年から80年の8年間だった。一方、椎名林檎は東京事変として、2004年から2012年までの8年間だった。ともに8年間なのだ。

それだけではない。東京事変は2012年の2/29うるう日に解散ライブをした。山口百恵は10/5だが、1980年やはりうるう年に引退ライブを行った。椎名林檎の場合、オリンピック・パラリンピックの年という意識もあったかもしれない。うるう年はオリンピック・パラリンピックの年になっている。くしくもその後、東京事変解散から8年後のオリンピック・パラリンピックは東京開催になった。彼女は、オリンピック・パラリンピックが東京開催になることを見越して、事変の活動にも区切りをつけたのかもしれない。東京事変も椎名林檎もライブが8,888円なのも、オリンピック・パラリンピックへのこだわりともとれる。

符合はまだある。山口百恵の引退ライブも、東京事変の解散ライブも日本武道館で行われている。そして、最後は、二人ともステージにマイクを置いて去っていった。

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