親類とはいいながら、別々の日が二人の家を照らしていた。
(夏目漱石『門』十の一)

ブログ順位の上位を目指しています! 応援のクリック↓お願いしますm(_ _)m
にほんブログ村 本ブログ 本・読書情報へ
にほんブログ村


「みんな空の下」という記事の投稿をした。その投稿の日、絢香のチケットの宅配便不在票が手もとに来た。その翌日、妹が次にゆく先を知った。

妹は、12月の絢香のライブ後に、いったん実家に帰る予定だった。しかし、またすぐ年明けには別のところに行くそうだ。

いずれにしても家族はバラバラになることが決まった。

その前にも父から連絡があった。長野にいたが、この冬、新潟に移るとのことだ。


最近、朝日新聞を購読し始めた。「105年ぶりの連載」として夏目漱石の小説『門』が連載されている。ときたま、読んでいる。12/3の第48回、冒頭で先に引用した文に出会った。

家族と親類の違いはあるが、『門』では、「みんな空の下」を否定している。いや、もしかしたら、「みんな空の下」ということは否定していないかもしれない。ただし、「別々の日」が照っているのだ。

家族だって、別々の日が照っているかもしれない。そうすると、離れて暮らす家族には、「同じ日」の共有が必要なのではないかと思った。

それが、今回の母への誕生日プレゼント、つまり、母と妹で行く絢香のライブであればいいと思う。

毎週水曜更新ですが、こんな感じでほかの曜日も更新することがあります!

最後に、応援のもうひと押しをお願いします!!↓↓
にほんブログ村 サラリーマン日記ブログ 勉強しているサラリーマンへ
にほんブログ村