論語読みの論語知らず。

テレビのない生活を昨年度から始めた。私の場合、テレビのない生活というのは、一人暮らしと同義だ。そのため、今年の大河ドラマ『真田丸』は一度も見ていない。

去年の『花燃ゆ』は、初めだけ見た。吉田松蔭は、虎次郎と呼ばれていた。虎次郎は、幼い頃から学問に触れる機会があった。文章を暗唱しているので、その場その時にふさわしい言葉を引用している場面があったりした。虎次郎が大人になり、発していたのが、「知識は持っているだけでは意味がない。知識は実際に役立つものでなければならない」というような言葉だ。これは、当時の私の心に響いた。メモも残したはずだ。

去年、『武士道』の日本語訳版を買った。
↓過去の記事「好きなアイドル」参照
http://blog.livedoor.jp/takahashi_ryo/preview/lite/edit/b14b364b41673ef5ba948e3a3ac766b4

買った当時も少し読んだが、最近また読み始めた。ちょうど弓の稽古にも熱が入り始めたことも影響していよう。

読んでいて、昨年の大河ドラマを思い出させてくれる見出しがあった。

「武士道は知識のための知識を軽視する」

虎次郎も、まさに武士道に生きていたのだろう。

著者の新渡戸稲造は、武士道では「知識は本来、目的ではなく、知恵を得る手段である、とした。」と書いている。

言語の習得は、手段であって目的ではない、と『学問のすすめ』に書いた福澤諭吉も思い出される。

新渡戸稲造は旧五千円札の肖像、福澤諭吉は現・旧一万円札の肖像だ。これを考え合わせると、お金も目的にしてしまってはだめで、あくまで手段とせよ、と戒められているようにも思える。

旧千円札の夏目漱石の『こころ』、『門』を読んでいる今日である。また、先日は福島に行く機会があり、現千円札の野口英世の、母からの手紙を目にする機会があった。

お金に縁のある古人との出会いを大切にしながら、お金も大切にしていきたい。という締め方をしてみる。

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